製作チームが皆感じていたのは、ある種のカメラは映画を完全に新しい次元で見る手段を提供してくれる、ということでした。動画を撮ることができるスチールカメラのことは知っていました。私は写真が好きで、実際写真が出発点です。キヤノンEOS 5D マークⅡをテストしてみるために買いました。他のデジタル・カメラほどカスタマイズできないのですが、映画撮影に適していると思いました。でも私はずっとライカM6を使うことを夢見て来たので、5Dに装着しやすいライカレンズをいくつか使ってみたのです。35ミリ、50ミリ、80ミリのレンズが使えると分かって嬉しかった。ジャン=リュックが「どんなカメラを使いたいか」と聞いてきたので、「HDビデオカメラは水彩画に似ていて、この写真用カメラは油絵か木炭画に似ている」と答えました。

私は木で3D用の特製取っ手を作り、二台の5DマークⅡを載せました。上下を逆にして。そうするとセンサーが同じ視角に位置するので、視差がなく、両方のカメラで最良の効果が得られるわけです。その測定にはコンピュータは使っていません。ハンマーと鑿だけ。職人業ですね。

私が初めてEOS 5DマークⅡを選んだ2010年の『ゴダール・ソシアリスム』撮影の際、それがいかにHDビデオにおいて優れているかに感銘を受けました。一年後に『さらば、愛の言葉よ』の撮影が始まった時、それを続けて使うのは理にかなったことでした。カメラのサイズ、いかなる照明環境にあっても完璧なクオリティを保ち、このような小規模の撮影チームだと、大型カメラは持ち運びに多くの問題が発生していたでしょう。EOS 5DマークⅡは理想的でした。

編集については、その日の撮影分を、タイムコードをつけてDVDに焼きました。それをジャン=リュックが編集するのです。彼はコンピュータを使わないし、しかも35ミリは今やもうありませんから、アナログ、リニアで、DVCAMのテープデッキ、録画再生機を使ってビデオ編集するのです。彼は本当に素晴らしい編集者です。シンプルでリニアなイメージカットと、たった二つのオーディオトラックだけでこんなにも創造性を発揮できる。少ない可能性の方がより多くの創造の可能性を与えてくれることが分かります。その方が空間が開け、精神も自由になるのです。